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いずれにしろ、ITと経済の関係に関してもっと多くの研究がなされなければならない。

その研究は、ITをさらに活用し、経済改革を進める基本となる。 そのために、ここではITの誕生とその仕組みを理解してもらい、そこから生まれる経済的性質を明らかにしたい。
そして、その性質を利用して経済システム、経営システムをどのように変化させていくべきかを考えたい。 すなわち、IT経済のメカニズムを明らかにすることで、新しい経済学、新しい経済システムを構築していく手掛りとしたい。
ここにおいて、ITの軸をなすインターネットが生まれるまでの情報通信技術の発達を説明する。 この技術革新がインターネットの誕生と発達を生み出した。
ここでは、インターネットの構造とそれがコンピュータをひとつのネットワークに結びつけることで、従来の通信と本質的な変化が生じたことを解説する。 ここでは、インターネットによって各事業所における生産や流通を制御しているコンピュータを結びつけるためには多くの標準化作業が必要となることを示す。
これはさらに企業経営そのものを標準化し、インターネットで結びつくことで新しいネットワーク経済を形成することになる。 ここにおいては、インターネットおよびそれを活用する産業の経済的性質を述べる。
まず、製造業を中心とした経済的性質との違いを明らかにする。 「限界費用ゼロ」や「ネットワーク外部性」といったITの基本的な経済的性質を考える。
これを活用することによって従来の資本主義経済システムとは違った経済が生まれることを説明する。 ここでは、インターネットがIT革命といわれるに至った背景には、アメリカにおける経営革新運動があったことを示す。
1970年代にアメリカ経済は崩壊状態ともいうべき憂き目にあった。 これから立ち直るために、日本型経営システムなどを研究して経営システムを根本から改革しようとした。
これにITが活用され、経済システムにインターネットが導入されていった。 こうした事情を経営システム上の問題点とともに明らかにする。

そして、ここにおいて、このITの経済的性質を活用して、アウトソーシング、ダイレクト取引、エレクトリック・コマース、バーチャル・コーポレーションなど新しい経済・経営システムを描く。 ITはベンチャー・ビジネスやSOHOによる経済という新しい分野を開くことに活用され、企業社会自身を大きく変化させている。
こうした変化が高い生産性を引き出しウ1990年代におけるアメリカ経済の復活を生んだのである。 ここにおいては、金融改革について考え、ITは「もの」の流れと「情報」の流れを分離する一方で、金融とはより強く結びつきを作って、より効率的な経済を実現したことを示す。
ここでは、「もの」と「情報」の分離が起こることによって生じる新しいネットビジネスの諸相と、その陰の部分にも触れたい。 そして、今後のIT経済学の発展の可能性を探る。
ここは、このような問題意識のもとで、IT革命の本質を経済学の立場から理解するための分析のツールをできる限り平易に解説し、経済システムの変革におけるITの果たす役割とその変化の方向を示すこととした。 層網構造のインターネットECによる新たな標準化。
インターネットの普及とともに1990年代にアメリカで始まったIT革命には、その前段階があった。 すでに1970年代から動き出した情報通信技術の大きな革新の継続とともに、これを商用化するために必要条件となった規制緩和が進んだのである。
すなわち、インターネットに至るまでに、その要素技術の蓄積が必要であっただけでなく、電気通信のもつ必然性として行われていた規制が緩和されなければ、それは現実のものとはならなかった。 さらに、このような技術の発展が示唆するところとして、漠然と次の技術革新の波がこの情報通信技術の革新から起こってくるのではないかとの予感は、すでに1960年代後半からあった。
インターネットの技術が生まれるまでに、さまざまな要素技術の発展があった。 すなわち、アメリカでは1970年代に、半導体のめざましい発展があったことに加えて、電気通信の分野で飛躍的な技術革新が引き起こされた。
さらに、電気通信事業の自由化が進められたことから、産業としての「IT」が注目されるようになった。 これらの条件の中から情報通信技術が発展を続け、1990年代になってアメリカにおいてインターネットなどの広大な情報通信ネットワークが構築され、新しいソフトウェアの開発によるITの容易な利用が急速に進んだのである。
これが、社会や個人の生活だけでなく、経済の仕組み、ビジネスの方法においても大きな変化を生んできた。 さらに、後で詳しく述べるが、アメリカ経済はIT革命によって驚くべき経営・経済改革を成し遂げる。
これが1990年代の長期にわたる好況をもたらすことになる。 日本がバブル崩壊後の長期不況にあえぎながら、アメリカ経済はかつてないほどの好調さを見せていた。

もっとも2000年に入ってからのアメリカ経済にはバブル的な要素が強く、すべてが「持続可能」な経済状況ではなかった。 2001年のIT関連株式の急落から「ITバブル崩壊」ともいわれた。
しかし、IT革命がもたらした経済システムの改革はこのバブル的好況とは違った意味で、アメリカの経済システムの構造的な大きな変革を導いていたのである。 このような傾向はアメリカに限らず、ヨーロッパでも同様の変革がもたらされていた。
特に、フィンランドやスウェーデンなどの北欧では、IT先進地域として広がりを見せた。 かつては産業力の弱い国と見られていたフィンランドは、ITによって最も競争力のある国となった。
また、アジア各国でもマレーシアの壮大な計画をはじめ、その動きは急速に加速している。 インドもソフトウェア生産の拠点として驚異的な成長を見せている。
このような世界的なIT革命の中で、日本は大きく取り残された存在となった。 N社が長く電気通信業の独占的な運営を行い、民営化後も新たな強力な競争会社が生まれなかったこと、さらに日本型経営の故に、ITへの対応を遅らせることになった。
このような世界各国の状況を見て、日本も「IT革命」が必要と動き出すことになり、2000年に生まれたM内閣はなかなか立ち上がらない経済への対策の一環として「IT戦略会議」を作って本格的に動き出した。 もともと、日本でも、すでに1980年代から「高度情報化社会の到来」という言葉が登場して議論されてはいた。
特に、1985年にD公社(NDD公社)がN社(NipponTelephone&Telecommunication)に民営化された大きな動因は、この新しい情報を中心とする社会への対応という側面が強かった。 情報通信技術が引き起こすイノベーションによって新しい産業社会への移行が期待されていた。

しかしながら、当時は高度情報化社会論の内容は明確でなく、「光ファイバーがたくさん売れる」とか「電話代が安くなる」といった程度の話でしかなかった。 D公社時代の「積滞解消」すなわち電話を設置したいときにすぐに設置ができるようにするという目標がすでに実現し、次の電気通信事業のあり方を考えようという時代だったのである。

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